森林
Biological Clocks

体内時計のしくみから、生命の起源にせまる

サーカディアンリズム
私たちは毎日、1日周期のリズムで生活を繰り返しています。

睡眠と覚醒のリズムはもちろん、体温や免疫機能、代謝活動などの生理機能も1日周期のリズムを示します。面白いことに、私たちが外界からの情報を遮断された環境の中で生活したとしても、これらの生理機能は約1日周期のリズムを示します。

このリズムは概ね (おおむね) 1日の周期という意味で、概日 (がいじつ) リズム、

英語ではサーカディアンリズム (circadian rhythm) と呼ばれています。概日リズムを生み出しているのは、生物に内在する体内時計で、概日時計 (circadian clock) と呼ばれ個々の細胞内に存在しています。概日時計の中心には自律的に発振する振動体が存在します。私たちが現在使用している腕時計などは、水晶振動子 (クオーツ) という電子部品に基づいていますが、概日時計の振動体とは何でしょうか?

 

私たちはこれまで、概日時計がどのようなしくみで働いているのかを理解するために研究してきました。その研究はいま、当初予想もしなかった方向に発展しており、生命の起源や祖先的な生物を理解する上で重要なヒントを与えてくれています。

バクテリアからヒトまで存在する体内時計
概日リズムは哺乳類のような高等動物だけでなく、昆虫や植物、カビなどの真核生物、さらにはシアノバクテリアのような原核生物にも観察されます。

このような幅広い生物種に概日時計が存在していることは、生物にとって環境サイクルの予測がいかに重要なことかを示しています。地球は46億年前の誕生当初から自転を続け、その表面で生活する生物は、昼と夜という全く異なる環境サイクルに暴露され続けてきました。植物やシアノバクテリアのような光合成生物においては、概日時計はエネルギー産生を効率よく行うことに役立ちます。

動物の場合は、活動期に運動機能を高めることで、捕食効率が上げ、外敵から上手く逃れることにつながります。生物は常に異種間だけでなく同種間でも競争して生きています。長い生命の進化の過程で、概日時計を持つ個体は、持たない個体に比べて生存上有利であったため、現生の多くの生物種において概日時計が存在するのだろうと考えられています。

時計遺伝子Periodの発見
概日時計の研究は時計遺伝子Periodの発見により、爆発的に分子メカニズムの研究が進展しました。1971年、遺伝学のモデル生物であるショウジョウバエにおいて、概日リズムに異常を示すPeriod遺伝子変異体が報告されました。

その後、分子生物学的な研究が進み、Period遺伝子から生じるPERIODタンパク質は、自分自身の遺伝子発現を抑制することが分かりました。

結果として、時計遺伝子Periodの発現レベルは約1日周期で増減を繰り返します。

このように時計遺伝子Periodは転写と翻訳を介して、自身にフィードバックする形で発現抑制することから、このしくみは転写翻訳フィードバックループ (transcription-translation feedback loop, TTFL)と呼ばれています。

時計遺伝子による転写翻訳フィードバックループは概日リズムを生み出す中心的な機構と考えられており、この発見のきっかけとなったショウジョウバエのPeriod遺伝子の発見者らは、2017年のノーベル医学生理学賞を受賞しました。

動物以外の時計遺伝子
ショウジョウバエの遺伝学に続く形で、アカパンカビや哺乳類、シアノバクテリア、シロイヌナズナなどで概日リズム変異体のスクリーニングが実施されました。

そして、現在では多くの種で時計遺伝子が報告されています。その結果、意外なことに、動物、植物、真菌、細菌で見つかった時計遺伝子は、構造が大きく異なる (遺伝子配列の相同性が限定的)であることが分かりました。この結果から、これらの時計遺伝子は動物界、植物界、真菌界、細菌界で独立に誕生したと考えられています。

では、リズムを生み出すしくみはどうでしょうか?

動物や植物、真菌といった真核生物では、転写翻訳フィードバックループによって概日リズムが生み出されています。一方で、シアノバクテリアでは時計タンパク質KaiA, KaiB, KaiCの複合体の翻訳後修飾リズムによって概日リズムが生み出されています。名古屋大学の近藤孝男教授のグループは、精製したKaiA, KaiB, KaiCタンパク質をATPとともに試験管に混ぜると、約1日周期のリン酸化リズムが観察されることを報告し、概日時計をタンパク質で再構成するという歴史的な発見をしました。

Kaiタンパク質の翻訳後修飾 (リン酸化) によって概日振動体が構成されることから、このしくみはPost translational oscillator (PTO)と呼ばれています。

シアノバクテリアの細胞内においては、Kaiタンパク質によるPTOは転写因子を介して、遺伝子の転写リズムを生み出しています。現在の分子生物学の教科書では、真核生物ではTTFL、シアノバクテリアではPTOという異なる振動メカニズムによって概日リズムが生み出されると説明されています。

転写翻訳フィードバックループは概日振動体か?
私が大学院にて哺乳類の概日時計の研究を開始したのは2004年で、当時の研究は時計遺伝子やタンパク質、転写翻訳フィードバックループがいかに制御されているかを解析するのが主流で、多くの研究者がその潮流にのって研究を進めていました。

ところが実は、転写フィードバックループが概日リズムを生み出しているのは確かであるけれども、それが概日振動体であるかは論争が広がっている状況です。

 

では、概日振動体であるならば、どういった実験的な証拠が必要でしょうか?

ある因子Xが概日振動体の時刻 (位相) を決定する場合、

その因子のレベルには概日リズムが存在すると考えられます。例えば、因子Xのレベルは朝に高く、夜に低いとして、そのレベルによって概日振動体の時刻が決定されているわけです。この時、因子Xのレベルを人為的に変える実験を行うと、それに応じて概日振動体の時刻は変化することが予想されます。

例えば、因子Xのレベルをずっと高い状態に維持すれば、概日振動体は朝の時刻のまま止まった状態になるでしょう。あるいは、因子Xのレベルを高い状態から低い状態に急激に変化させれば、概日振動体の時刻は夜から朝へリセットされることが予想されます。

こういった考え方のもと、時計遺伝子の発現レベルを人為的に変化させる実験が多く行われています。その結果、哺乳類の時計遺伝子の発現レベルの増減は概日時計の時刻 (位相) 決定には不要であるとの報告が多く存在しています。

例えば、PeriodCryptochrome, ClockBmal1といった時計遺伝子を欠損すると細胞の遺伝子発現リズムは停止しますが、それらの遺伝子を一定に発現させるだけで概日リズムは復活することが分かっています。つまり、もし転写翻訳フィードバックループが概日振動体だとすると、時計遺伝子の発現レベル自体が概日振動体の位相を決定するはずなので、その解釈は難しいことが示されているわけです。

転写翻訳フィードバックループに依存しない概日リズム
さらに、2011年頃から、転写翻訳フィードバックループが機能しない細胞においても概日リズムが報告され、真核生物の概日時計のメカニズムは再考が必要となってきました。この研究潮流のきっかけになったのは、ヒト赤血球における概日リズムの報告です。赤血球には核が無いため、転写は起こるはずがないのですが、赤血球を生体外で数日間培養した際に、タンパク質の酸化還元 (レドックス) 状態や細胞内の無機イオン濃度などに概日リズムが報告されています。

また、時計遺伝子CryptochromeBmal1遺伝子を欠損すると、転写翻訳フィードバックループが正常に機能せず、ほとんどの概日リズムは消失します。

しかし、微弱で不安定ではあるものの、遺伝子発現リズム、タンパク質発現リズム、細胞内カルシウムイオン濃度リズムが時計遺伝子が無い細胞でも報告されています。

では、何が自律振動体として機能しているのでしょうか?

共通祖先の概日時計
2012年、タンパク質のレドックスリズムは哺乳類、植物、真菌、シアノバクテリアで観察されることが報告され、既知の時計遺伝子によらない、祖先型振動体が存在するのでは、というアイデアが生まれました。

現在の地球に存在する生物種は元をたどれば共通祖先という一種の生物種に由来すると考えられています。つまり、共通祖先に原始的な概日時計が存在し、生物種が分岐して動物や植物の祖先が誕生してから、転写翻訳フィードバックループを構成する時計遺伝子が独立に誕生した、というシナリオが生まれました。

このシナリオは時計遺伝子の多くがハウスキーピング遺伝子ではないことからも説得力のある進化モデルです。ハウスキーピング遺伝子とは、細胞の機能維持に必須の遺伝子のことで、欠損すると細胞は正常に機能することが難しくなります。現生生物の中でも高度に多細胞化した生物種では、ハウスキーピング遺伝子の他に非常に多くの遺伝子が存在し、複雑な生理機能を担っています。転写翻訳フィードバックループを構成する時計遺伝子は、機能欠損しても個体発生は正常であることが多いことから、概日リズムを生み出すために特別に進化した遺伝子です。

では、共通祖先から引き継がれた祖先型振動体とはどういったものでしょうか?

もしそれが存在するならば、基本的な細胞機能に基づく振動体であると想像されます。レドックスに基づく自律振動メカニズムはその観点から魅力的なアイデアで、多くの研究者が興味を持ちました。

そしてしばらくの間、レドックスをキーワードとして、転写翻訳フィードバックループに依存しない振動メカニズムを世界中の研究者が探索していましたが、現状でも未だ見つかっていません。また残念なことに、レドックスリズムの検出は実験技術的に難しい部分があるようで、論文報告を行ったグループ以外の研究者からは、実験結果の再現性に乏しいという厳しい批判も出ているようです。こうして、転写翻訳フィードバックループに依存しない振動メカニズムや、共通祖先の概日時計に関する研究は、研究対象として曖昧なものとなり、真核生物の概日時計の振動体は何か?という重要なクエスチョンに対する明瞭な答えは、研究者によって見解が異なるという混沌とした状況になっていきました。

概日リズムの温度補償性
私が大学での基礎研究を再開した2018年は、概日時計のメカニズムの研究状況は上記のような状態でした。転写翻訳フィードバックループに依存しない振動メカニズムの解明は非常に魅力的なテーマでしたが、何か有力な仮説アイデア無しに研究を進めることはできません。

そこで、以前から気になっていた別のテーマである、温度補償性に着目しました。

温度補償性とは、概日リズム周期が環境温度によって変化しない性質のことです。

一般的に化学反応や生化学反応は、温度が10℃上昇すると、反応速度は2-3倍になります。しかし、概日リズムは生理的な温度範囲において、約1日の振動周期でほぼ一定です。概日時計の役割を考えると、外界の温度によって周期が変化したのでは、時計の機能を果たせないのでとても重要な性質です。

しかし、不思議なのは、その分子メカニズムです。概日時計の振動は生化学反応で構成されているはずなのに、なぜ、温度で反応速度が変化しないのでしょう?

そしてもちろん、転写翻訳フィードバックループを構成する転写や翻訳などの生化学反応も、温度変化によって著しく反応速度が変化します。

そこで私たちは、製薬会社で研究をしていた経験をもとに、多数の低分子化合物を用いて、概日リズムの温度補償性に影響するタンパク質を探索することを思いつきました。哺乳類の培養細胞は薬理学的な分子探索を行う上で絶好の研究材料です。

細胞の概日リズムの温度補償性を指標に、多くの化合物の作用を評価しました。

その結果、Na+/Ca2+交換輸送体 (NCX) とCa2+/カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼII (CaMKII)という、2つのカルシウムシグナル伝達分子が温度補償性に重要であることが分かりました。そして、さらに解析を進めたところ、NCXは温度低下に応じて細胞内Ca2+流入を促し、CaMKIIを活性化することで転写翻訳フィードバックループを加速することが分かりました。これらの結果から、概日リズムの温度補償性の分子メカニズムとは、低温で活性化するカルシウムシグナルによって、転写・翻訳などの生化学反応の減速が相殺されること、と結論しました。

 

生命に共通する時計の部品

上記の通り、転写ループを構成する時計遺伝子は、動物、植物、真菌、細菌で配列相同性が限定的です。しかし、温度補償性の研究から見出したNCXという分子は、非常に高度に保存されている分子であることが分かりました。

そこで、国内の様々な研究室と共同研究し、多様な生物種の概日リズムにおけるNCXや低温性カルシウムシグナル役割を検証したところ、動物、植物、シアノバクテリアに共通する世界初の時計因子として、NCXの役割が明らかとなりました。

また、さらに解析を進めたところ、哺乳類細胞において、高濃度のNCXやCaMKII阻害剤の存在下では転写翻訳フィードバックループが停止することが分かりました。この結果から、NCXを介したCa2+-CaMKIIシグナルは、温度補償性だけでなく、時計の自律振動に必須であることが分かりました。そして、NCXやカルシウムシグナルの阻害は、動物以外の生物種においても概日リズムの振幅の維持に重要であることが分かってきている状況です。

これらの結果から私たちは、概日性のカルシウム振動 "カルシウムクロック" こそが祖先型の振動体として機能していたのでは無いかと着想し、研究を進めているところです。NCXという遺伝子は非常に起源が古く、40億年前に存在した全生命共通祖先 (Last Universal Common Ancestor, LUCA)から継承されている遺伝子と考えられています。LUCAがどんな生物であったかは定かではありませんが、遺伝子の系統樹解析や地質学的な研究から、海底の熱水噴出孔に存在する現在のメタン産生菌のような生き物であったとも考えられています。

では、概日時計はLUCAの頃から存在していたのでしょうか?

NCXの本来の機能は細胞内Ca2+イオンのホメオスタシスの維持です。

NCXによるカルシウムシグナルがどのような仕組みで概日時計を構成しているのかを理解すれば、その答えに迫れるような気がしています。

カルシウムクロック:全生命共通時計の探求

現在、私たちはNCXに基づいたカルシウムクロックモデルを作業仮説として、研究を進めています。私は2021年より、研究場所を東京大学から名古屋大学へと移しましたが、カルシウムクロック研究を行う上で、名古屋大学には2つの魅力がありました。ひとつは、名古屋大学は近藤 孝男先生のシアノバクテリアの研究をはじめ、概日・概年リズムの研究で著名な吉村 崇先生など、生物リズムの研究土壌があり、さらに近年、若手の有力な研究者が次々に名古屋周辺に集まってきているという状況にあります。

もうひとつの魅力は、名古屋大学の有機合成化学の研究力はノーベル賞研究者を輩出するほど強力なことです。私の現在の所属である、トランスフォーマティブ生命分子研究所は、世界を変える分子を生み出すために、生物学者と有機化学者が連帯して研究を進めています。製薬企業のバックグラウンドを持つ私としては、有機化学者と連帯して基礎科学を進めることができるのは、夢のような研究環境です。 

現在、この非常に恵まれた研究環境で、共に "全生命共通時計" を追求する

大学院生、研究員、共同研究者を大募集しているところです。

ご興味がある方は気軽にご連絡頂けたらと思います。